これはビジネス文書に限ったことではないのだが、何であれ文書を書いていると、少しばかり緊張感を覚えるものだ。書きながら、頭の中でこんなことを考えている。 この書き方でいいのかな。 これ、ひどく下手な書き方じゃないだろうか。 これでわかるかな。 そういう気がしきりに(注1)して、ちょっとしたプレッシャーになっている。だからこそ、文章を書くのは苦手だ、と思っている人もいるのじゃないだろうか。 しかし、その逆もまた真である。文章を書く面白さとは、そういうプレッシャーを感じながら、なんとか諸問題をクリアして、一応のものを書き上げることにあるのだ。 テレビゲームが楽しいのと同じ理屈(注2)である。あれは、攻略する(注3)のが簡単ではない様々な障害をかわしながら(注4)、次々に問題を解決していって、なんとかクリアしていくところが面白いのである。むずかしいからこそ、うまくやったときに楽しいのだ。 文章を書くのも、1(そういうことである。)これでいいのかな、と一抹の(注5)不安を抱えながら、なんとか書いていくってことを楽しまなければならない。 別の言い方にすると、文章というものは、書く人に対して、うまく書いてくれ、と要求してくるのである。なぜなら、文章とは人と人とのコミュニケーションの道具だからだ。この例外は、自分だけにわかればいいメモと、絶対に他人に見せない日記だけである。 それ以外の文章は、必ず、書く人間のほかに、2(読む人間がいて完成される)のだ。そして、書いた人の伝えたかったことが、読んだ人にちゃんとわかってこそ、文章は役をはたしたことになる。 (清水義範『スラスラ書ける!ビジネス文書』による) (注1) しきりに:も (注2) 理屈:ここでは、考え方 (注3) 攻略する:うまく解決する (注4) かわしながら:避けながら (注5) 一抹の:ほんの少しの 63 筆者は、文章を書くときに何がプレッシャーになっていると述べているか。