私は人の名前を覚えるのが苦手である。顔を見れば、いつかどこかで会ったに違いない、と思うのに、 1 それ が名前となかなか一致しないのだ。うっかり、「あなたのお名前は?」と直接聞くわけにもいかないだろうし、 2 失礼にあたる ような気もして、つい訪ねるチャンスを逃したままに会話を続けてしまう。 3 そのうちに 、ごく自然に相手が自分の名前を言ってくれるように、話をもってゆくのは、なかなか 4 技術の要る ことである。それにこちらとしてはまだ名前が分からないままに話を続けていることを、さとられてはならないのは、言うまでもない。どうもいらいらする時間である。この苦しいひとときを過ごし、別れてからすぐに「ああ、あの人はさんだった」と簡単に思い出して、 5 くやしい思い出 のすることが多い。 これは、私だけの弱点かもしれないが、またひょっとすると、日本人にかなり共通のことかもしれない、とも思う。名刺を交換するという習慣があるものだから、口で自己紹介することに、 6 あまり本気でかからない ということがあるのではないだろうか。少しぐらい名前がはっきり発音されなくても、どうせあとで名刺を見ればわかる、などとのんきに考えてしまうのである。