「自分の家から駅までの地図を描いてください」そう言われて、どの程度の地図が描けるだろうか。「これまで地図の読み方は学んできたが、地図の描き方は知らない」と言われるかもしれないが、正確でなくてもよいから、一度描いてみてほしい。 大学生のころ、心理学の授業で、この課題が出た。制限時間は20分で、描きながら自分嫌悪を感じていた。每日歩き慣れた道なのに、よく行く店と、危ない交差点しか頭に浮かばず、その間の店や道などがまったく思い出せないことに気づいたのだった。距離感や方向感覚もデタラメで、いかに客観的にものを見ていないかということに、気づかされた課題であった。(中略) 地図には主題図(注1)と基本図があるが、自分で描く地図は主題図である。何をテーマに描くかは本人にゆだねられる(注2)。まったく自由に地図を描いた場合は、自分が気になっていることから描きはじめる。気になることが少なければ、地図の情報は少なくなる。いわば自分の価値観のなかにある「心の地図」がそこにはできあがるのだ。 逆にいえば、自分で地図を描こうと街やフイールド(注3)に出れば、日頃見ていものを見ることになる。気づかなかった看板や植物を発見したりできるのだ。新しい価値を見つけるかもしれないし、改めて自分の視点に気づくかもしれない。 ヒマラヤ(注4)の8000メートル峰に単独で挑む友人に、地図とコンパス(注5)をどう使っているか聞いてみた。「コンパスは使うが、地図はあまり見ないなぁ」という答えが返ってきた。地図はたしかに役に立つが、 地図に頼りすぎると、あまりりの状況が感じられなくなる。登りのときにどんな場所を歩いているのか感じ取りながら步けば大丈夫で、もし天候が悪くなったときのために、コンパスで角度だけは測っておくとのこと。つまり、步きながら、自分の地図を描いていく。必要なものを頭に描き込んでいく。最初から地図とにらめっこすれば、頼りは地図だけになってしまう。そのほうが危険かもしれない。 積極的に自分の地図を描いてみよう。そのためにはりと自分をじっくりと見なければならない。 (梶一『地図の読み方がわかる本』地球丸による) (注1)主題図:テーマをしぼって描かれている地図。観光地図、交通図など (注2)ゆだねる:まかせる (注3)フイールド:field、ここでは外を意味している (注4)ヒマラヤ:the Himalaya Mountains、エベレスト山がある山脈 (注5)コンパス:東西南北を知るための道具 筆者がここで言いたいのはどれか。( )