旅に出るときはいつも、少し気が重いのです。面白くて刺激的な出来事が旅先で持っているであろうことは理解しているけれど、何ら不便を感じることのない日常世界から少しのあいだ離れなくてはならないのが、不安でありおっくうであり。一方で旅は、日常生活から逃げるという行為でもあります。面倒臭い諸問題や憂鬱な気分から一時的に足抜けするために、人は旅に出るのでもありましょう。ぬるま湯から出るときのような「このままでいたいのに」という気分が、半分。できるだけ早く遠くまで逃げたい気分も、半分。 そんな気分 で私は、出発の日を迎えました。 (酒井順子『鉄道ぐるり旅『旅』2004年8月号による』)